なぜ、転職は問題なのか?

「情、ですか」 あくる日の夜、敏夫と早苗は、喫茶店で話をしていた。 今の二人は、困ったことがあると、なんでも相談し合える仲になっている。「情のつく言葉をいろいろ考えてみたんだが、どれもしっくりこないんだ」「そうなんですか?」「うん。あなただったら、子供にどういう情が必要だと思う?」「わたし、独身だから子供のことはよくわからないんですが、もし、わたしが母親だったら、そうだな…」 早苗が目を閉じて考え込んだ。「すみません、漠然としたことしか浮かんできません」 暫くして眼を開けた早苗が、居住まいを正して答えた。「わたし、自分が母親だったとして、子供にどういう気持ちを持つか考えてみたんですが、愛情はもちろんのこと、いろんな感情を持つと思うんですよ。ですから、カードの情が、どの情のことを言っているのかなんて、決めきれません」「それだっ!」 敏夫の目が輝いた。「一つの言葉だけを考えようとするから、駄目だったんだ」 敏夫は、謎が解けてすっきり顔をしている。「どういうことですか?」「今、あなたが言ったことが答えだっていうことさ」「わたしの?」 早苗がキョトンとした顔をしている。 自分の言葉のどこに答えがあったのか、皆目見当がつかないでいるのだ。「そうだよ」 敏夫が力強く頷いたあと、説明を始める。「子供にとって、愛情はもちろん必要だ。でも、それだけじゃない。時には、非情になって叱らなくてはいけないこともあるだろうし、時には、情熱を傾けて向き合わないといけないこともあるだろう。綾乃さんの言う情とは、そのうちのどれかなんてのじゃなくて、そんなものを全部ひっくるめて情と言っているんだ。真心を持って子供達と接しろ、ということなんだろうな。でも、一番大事なのは子供の気持ち、つまり、感情に気付いてやることだ。そして、それを尊重する。子供も中学や高校ともなれば、自我も目覚めている」そこまで一気に言って、敏夫は疲れたように、椅子に背中をあずけた。一度早苗の眼を見て、それから下を向く。顔を上げたとき、敏夫の顔には、なんともいえぬ自嘲の笑みが浮かんでいた。「俺は、これまで、子供達の気持ちを考えたことなんて、一度もなかったような気がする。子供は子供なんだって、わけのわからない理屈を抱いていたんだ。多分、自分の所有物くらいにしか思ってなかったんだろうな」 それに思い至ったとき、敏夫はやりきれない気持ちに見舞われた。なんで、俺には懐かないんだ。ずっと、その不満を抱えていた。懐くわけがない。自分は、一度も子供の気持ちなんて考えたことがないのだから。 自分の敷いたレールに乗せようとした父親。今考えれば、敏夫の父親も、子供の気持ちなんて考えていなかったように思う。己の価値観を小さなときから押し付け、敏夫を洗脳していっただけだ。 そんな親を、大人になってから、敏夫は恨んだ。その自分が、いつの間にか、父親と同じことをしていた。 浩太や由香里は反抗的なのではない。むしろ、親思いのほうである。それに、子供ながらに、自我が確立している。 だから、敏夫のことを冷静に見ており、情けなさと同時に、ああはなりたくないと思って、敏夫を軽蔑しているのだ。 浩太も由香里も、この俺を軽蔑するのは当たり前だ。 思い返せば、転職活動を始めた頃は、まだ子供達は自分のことを心配して、声をかけてくれていた。それが今、こうなったのは、すべて自分が悪い。 お前たちに、なにがわかる。世間っていうのは、厳しいものなんだ。俺は、お前たちのために、一生懸命頑張っているんだ。 なにを言われようと、そんな言葉しか返さなかった。 子供達の心配が、慰めが、あの頃の自分には、素直にそうと受け取れなかった。甲斐性のない自分を責めているような気に捉われていた。 やがて、子供達はなにも言わなくなった。 その頃から、家族に当たるようになった。「最低だ」 敏夫が、左手の親指と人差し指で目頭を押さえた。        前の話 最初から    真実の恋?夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。 真実の恋?を面白く読んでいただくために  恋と夜景とお芝居とふとしたことから知り合った、中堅の会社に勤める健一と、売れない劇団員の麗の、恋の行方は? 絆・猫が変えてくれた人生会社が倒産し、自棄になっていた男の前に現れた一匹の黒い仔猫。無二の友との出会い、予期せぬ人との再会。その仔猫を拾ったことから、男の人生は変わっていった。小さな命が織りなす、男の成長と再生の物語。 プリティドール 奥さんが、元CIAのトップシークレットに属する、ブロンド美人の殺し屋。旦那は、冴えない正真正銘、日本の民間人。そんな凸凹コンビが、CIAが開発中に盗まれた、人類をも滅ぼしかねない物の奪還に動く。ロシア最凶の女戦士と、凶悪な犯罪組織の守り神。世界の三凶と呼ばれて、裏の世界で恐れられている三人が激突する。果たして、勝者は誰か?奪われた物は誰の手に?   短編小説(夢) 短編小説(ある夏の日) 短編小説(因果) 中編小説(人生は一度きり) 20行ショート小説集 20行ショート小説集② 僕の好きな1作シリーズ 魔法の言葉集

図解でわかる「転職」完全攻略

夫のいる病院は、家から少し離れたところにある、総合病院でした。入口にはベンチが置いてありましたか、そこに、知った顔がありました。夫の、同僚でした。 「すいません、りりんさん」 ベンチに腰かけていた彼は、私を見るなり立ち上がり、頭を下げました。  この、夫の同僚は、夫の学生時代の後輩です。名前を、島君とでもしておきます。島君とは私も顔見知りで、もう、知り合って十年ほどになっていました。何度も家に遊びに来たことがありますし、主人と3人でボーリングに行ったり、ドライブに行ったりと、私たち夫婦とよく一緒に過ごしていました。主人は、前年、転職していたのですが、この転職も、島君の紹介でした。 「ごめん、島君、何があったのか説明してくれる?」 私は聞きましたが、島君は、答えられませんでした。よく見ると、彼はフラフラしていて、立っているのもままならないようでした。ふんわりと、独特な甘い匂いもしました。相当、酔っているようでした。 「ごめんなさい、僕、席を外してて、戻ってきたらこうなってました。それで、救急車を呼んだんですけど、僕も何が起きたかわからないんです」 言い終わるなり、ぐったりと、島君は座り込んでしまいました。 なぜ酔ってるのかは分かりませんでしたが、体が辛い中、夫にずっと付き添ってくれていたのでしょう。昔から、気の優しい子でした。私は、申し訳なく思いました。 「ごめんね、いつも夫が迷惑をかけて。とりあえず、どこにいるか教えてもらっていい?」 私は場所を聞くと、島君を置いて病院に入りました。夫は、救急の処置室にいるとのことでした。朝の診察が終わり、静かになった病院の中を、早歩きで進みました。受付の看護婦さんに、 「お電話いただいた、○○の嫁です」 というと、看護婦さんは、こちらです、と、ベッドに案内してくれました。  「奥さんがいらっしゃいましたよ」 ベットに横になっている夫の姿に、私は衝撃を受けました。   酸素マスクこそなかったものの、点滴が腕に刺さっていました。頭には包帯、顔には大きな傷バン。スーツのシャツは血だらけで、ボロボロでした。  あまりのことに、動けなくなってしまった私ですが、看護婦さんは、さすがとてもテキパキしていました。  「点滴が終わったら、退院となります。ご主人は、お着替えの方をお願いします。奥様は、こちらにお願いします。先生からお話がありますので」  看護婦さんとに促されるまま、私は、夫に着替えを渡しました。夫は、何も言いませんでした。とても不機嫌そうでした。 
そんな夫の様子に、何となく、何も聞けなくて、先生の話、聞いてくる、とだけ言って、部屋を出ました。  嫌な予感がしました。 

カテゴリー
タグ